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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)1502号 判決 1987年8月27日

原告

玉井秀憲

ほか二名

被告

大川通雄

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告玉井秀憲に対し金九三四万二五六四円、同玉井芳一及び同玉井浩三に対し各金八九〇万二五六四円並びにこれらに対する昭和六二年二月二〇日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その三を原告らの負担とし、その余は被告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告玉井秀憲に対し金一三六八万四一一〇円、同玉井芳一及び同玉井浩三に対し各金一二六八万四一〇〇円並びにこれらに対する昭和六二年二月二〇日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和六一年三月二五日午前〇時五分ころ

(二) 場所 川崎市中原区井田杉山町五〇一番地先道路

(三) 加害車 普通乗用車(川崎五五つ三八七六、以下「本件車両」という。)

右運転者 被告大川通雄(以下「被告大川」という。)

(四) 被害者 亡玉井智恵子(以下「亡智恵子」という。)

(五) 態様 被告大川が本件車両を運転し前記場所を進行中、折からその道路を歩行していた亡智恵子に本件車両を衝突させ、同女を死亡に至らしめた。

2  責任原因

(一) 被告大川

本件事故は、被告大川が酒を飲んで本件車両を運転したうえ、前方注視義務等を怠つた過失により惹起したものであり、しかも同被告は亡智恵子に対する救護義務をも怠つたものであるから、民法七〇九条による損害賠償責任を負う。

(二) 被告株式会社富士設備(以下「被告会社」という。)は本件車両の所有者であり、自己のため本件車両を運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による損害賠償責任を負う。

3  原告らと亡智恵子の関係等

(一) 亡智恵子の相続人は、長男原告玉井秀憲(以下「原告秀憲」という。)、次男原告玉井芳一(以下「原告芳一」という。)、三男原告玉井浩三(以下「原告浩三」という。)及び夫訴外玉井芳男(以下「芳男」という。)の四名である。

(二) 原告三名及び芳男は、亡智恵子の遺産につき、原告三名が各三分の一ずつ取得し、芳男は一切取得しない旨合意した。

(三) 芳男は原告三名に対し、同人が被告らに対して有する慰藉料請求権を各三分の一ずつ全部譲渡した。

4  損害

(一) 逸失利益 合計一三五一万二三三〇円

(原告一名当り 四五〇万四一一〇円)

亡智恵子は、本件事故当時満六〇歳の健康な主婦であり、本件事故によつて死亡しなければあと一一年間(昭和六〇年簡易生命表による女性六〇歳の平均余命二三・二一歳の半分)は就労可能であるから、その逸失利益をライプニツツ方式、中間利息年五パーセント、年収額金二三〇万八九〇〇円(昭和六〇年賃金センサス産業計・学歴計・女子労働者の全年齢平均の賃金額)、生活費控除率三〇パーセントとして計算すると一三五一万二三三〇円となる。原告らはこの損害賠償請求権を三分の一ずつ(四五〇万四一一〇円)相続した。

(二) 葬儀費用 一〇〇万円

(原告秀憲のみ)

原告秀憲は、亡智恵子の葬儀費用として三〇〇万円、墓地購入費(永代使用料)として一〇〇万円合計四〇〇万円を支出したが、このうち一〇〇万円を被告らが負担すべきである。

(三) 慰藉料 合計二一〇〇万円

(原告一名当り七〇〇万円)

亡智恵子は、夫とは事実上離婚状態にあり、このため原告ら三人の子供達を苦労しながら女手一つで育て上げてきたものであり、原告らにとつては正にかけがえのない存在であつた。被告大川はその亡智恵子を酔っぱらい運転で跳ね飛ばしたうえそのまま逃走し、そのため同女を死に至らしめたものであつて、これは殺人にも等しい行為である。原告らが被つた精神的苦痛は筆舌に尽くし難く、如何なる金額をもつてしてもこれを慰すべくもないが、右に述べた事情からするならば、その慰藉料は、芳男から債権譲渡を受けたものを含め、少なくとも合計二一〇〇万円(原告一名当たり七〇〇万円)は下らないと言うべきである。

(四) 弁護士費用 合計三五四万円

(原告一名当たり一一八万円)

原告らは、本訴を原告訴訟代理人らに委任するに際し、東京弁護士会報酬会規に基づいて着手金及び報酬金を各三分の一の負担割合で支払う旨約した。前記(一)ないし(三)の損害金合計金三五五一万二三三〇円及び右会規によれば、着手金及び報酬金は合計四二四万円になるが、このうち右三五五一万二三三〇円の一割に相当する三五四万円(原告一名当たり一一八万円)は被告らが負担すべきである。

(五) 損害金合計 合計三九〇五万二三三〇円

(原告秀憲 一三六八万四一一〇円

同芳一、同浩三 各一二六八万四一一〇円)

よつて、被告ら各自に対し、原告秀憲は三九〇五万二三三〇円、同芳一及び同浩三は各一二六八万四一一〇円及びこれらに対する事故発生の日の後である昭和六二年二月二〇日から各支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2は認める。但し、被告大川の過失は前方注視義務違反であり、酒を飲んでいたことは本件事故と因果関係がない。

3  同3は不知。

4  同4については金額を争う。

三  抗弁

1  過失相殺

本件は、被告大川が酒を飲んで本件車両を運転し、最高速度時速四〇キロメートルと定められた歩車道の区別ある幅員約七メートルの車道上を時速約四〇キロメートルで進行中、前方に対する注視を欠いた過失により、進路前方を右から左に向かい横断歩行中の亡智恵子に気付かず、自車左前部を同人に衝突させたものであるが、同人にも車道上を左から進行して来ていた本件車両に対する安全を確認しないで歩行横断した過失があり、その過失割合は二五パーセント以上である。

2  損害金の一部支払

被告大川は、葬式費用として、原告秀憲に対して五〇万円を支払つた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は争う。

2  抗弁2について。五〇万円が支払われたことは認めるが、被告らが謝罪の気持として置いていつたものにすぎず、損害金の支払ではない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1及び2(事故の発生、責任原因)は当事者間に争いがない。

二  請求原因3(原告らと亡智恵子の関係等)は、原告秀憲本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第三号証の一並びに成立に争いのない甲第四号証によれば、これを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

三  損害(請求原因4)について

1  逸失利益(亡智恵子) 六九九万七四六七円

原告秀憲本人尋問の結果及び成立に争いのない甲第四号証によれば、亡智恵子は本件事故当時六〇歳であり、長年会社に勤務していたが一年余り前に仕事を辞め、無職で一人暮らしであつたこと、生活費は亡智恵子の蓄えとその子である原告三名からの送金等によつていたこと、国民年金に加入していたことが認められる。そうすると、亡智恵子の本件事故による逸失利益は、年収額二三〇万八九〇〇円(昭和六〇年賃金センサス第一巻第一表、産業計・学歴計・女子労働者の全年齢平均)、就労期間五年間(ライプニツツ式、中間利息五パーセント、係数四・三二九五)、生活費控除三〇パーセントとして計算した六九九万七四六七円とするのが相当であると認める。

2  葬儀費用(原告秀憲) 一〇〇万円

原告秀憲本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一四号証の一ないし四四によれば、同原告は亡智恵子の葬儀費用としてその請求額(一〇〇万円)を下回らない金額を支出したことが認められ、同原告は本件事故により右金額の損害を被つたものというべきである。

3  慰藉料(原告三名) 各六六六万円

本件事故の態様、結果、被告大川の過失内容その他の事情、とくに成立に争いのない甲第一号証の一ないし四及び甲第一〇号証により認められる次の事実、すなわち、被告大川は本件事故発生を認識しながら本件車両を停止させることなく進行させ逃走したこと、同被告は一旦被告会社に着いた後本件事故発生場所に戻つたものの亡智恵子の様子を見ることもなく本件事故によつて破損した本件車両のサイドミラーを拾つて再び被告会社に戻つたこと、本件事故発生から約一時間後に亡智恵子が発見された時同女はかすかに息があつたこと等を考慮すれば原告らの精神的苦痛は甚大であると認められ、その慰藉料は各六六〇万円とするのが相当と認める。

4  過失相殺

成立に争いのない甲第一号証の一ないし四及び第二号証の一、二によれば、本件事故現場は歩車道の区分のある幅七メートルの道路であり見通しは悪くないこと、被告大川は飲酒したうえ本件車両を運転し時速約四〇キロメートル(指定速度時速四〇キロメートル)で進行していたこと、同被告は本件事故現場にさしかかる際に左前方にある店舗を見ながら運転しており前方を見ていなかつたこと、亡智恵子は本件事故現場を被告大川の進路前方を横断しているところ本件車両と衝突したこと、被告大川は衝突音を聴くまで亡智恵子の存在に全く気付いていなかつたこと、以上の事実が認められ右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、被告大川は飲酒のうえ前方不注視によつて本件事故を起こしたものでありその過失は重大であるといわねばならない。

他方、亡智恵子も道路横断に際して道路を走行する車両の確認を十分にしなかつたものと推認されるので、本件事故発生につき過失があるというべきである。

被告大川と亡智恵子の過失割合は、九対一が相当であると認める。

そこで、前記1ないし3の各損害について各一〇パーセントの減額をすると次のとおりになる。

(一)  逸失利益(亡智恵子) 六二九万七七二〇円

(二)  葬儀費用(原告秀憲) 九〇万円

(三)  慰藉料(原告三名) 各五九九万四〇〇〇円

5  相続

前記認定のとおり、亡智恵子の遺産についてその子である原告三名が三分の一ずつ取得したのであるから、亡智恵子の逸失利益は三分の一(二〇九万九二四〇円)ずつを原告三名が取得したことになる。

各原告の逸失利益相続分、葬儀費用(原告秀憲のみ)、慰藉料の合計は次のとおりとなる。

(一)  原告秀憲 八九九万三二四〇円

(二)  原告芳一、原告浩二 各八〇九万三二四〇円

6  損害の填補

被告らから原告らに対し五〇万円が支払われたことは当事者間に争がなく、弁論の全趣旨によれば、右金員は被告らが亡智恵子の葬儀に際して支払つたものと認められるので、葬儀費用の填補として支払われたものと認めるのが相当である。

そうすると原告秀憲の損害金は八四九万三二四〇円となる。

7  弁護士費用

弁護士費用は各原告の損害金の一割に相当する金額(原告秀憲八四万九三二四円、原告芳一、原告浩三各八〇万九三二四円)をもつて被告らが負担すべき損害金と認める。

8  損害金合計

以上の結果、各原告の損害金は次のとおりになる。

(一)  原告秀憲 九三四万二五六四円

(二)  原告芳一、原告浩三 各八九〇万二五六四円

四  結論

よつて、本訴請求は原告秀憲が九三四万二五六四円の、原告芳一及び同浩三が各八九〇万二五六四円の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中西茂)

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